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8月23日から二十四節季の処暑..

8月23日から二十四節季の処暑です [季節]

処暑と七十二候について


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処暑の「処」の字は止まるとか留まるという意味があるそうです。冷夏の予想を裏切って、異常に暑い夏となりましたが、夏の厳しい暑さもここらで終わりになるということのようですね。

七十二候は、ちょうどこの時期を3つに分けています。
初候が、綿柎開(わたのはなしべ、ひらく)綿を包む柎(はなしべ)が開き、中からふわふわの綿毛が姿を現すころ。このころから綿をほぐし紡ぐ作業が始まります。

次候が、天地始粛(てんち、はじめてさむし)朝夕は少しずつ涼しくなり、天気図には秋雨前線が現れ、秋の気配が感じられるようになります。

末候が、禾乃登(こくのもの、すなわちみのる)稲穂がふくらんで黄金に色づき、早いところでは稲刈りが始まります。にっぽんの七十二候より

二百十日とは


ちょうどこの時期には、9月1日ごろが二百十日(にひゃくとおか)といって、立春から数えてちょうど210日になるそうです。夏目漱石の短編小説にも二百十日というのがありますね。熊本旅行に来た男二人が阿蘇山に登って云々という話です。

著作権切れの作品が無料で読める青空文庫にも掲載されているので、興味のある方は読んでみてはどうでしょうか。10分もあれば読めると思います。

八朔とは


この時期に八朔というのもありますね。八朔というのは旧暦の8月朔日(1日)の呼び名だそうです。新暦だとだいたいこの時期にあたるようですね。

暦が行ったり来たりするのでこんがらがりますが、旧暦のこの日は、お世話になった人に贈り物をわたす風習があったそうです。京都の花街では、芸妓さんや舞妓さんが正装の黒紋付き姿で、芸事の師匠やお茶屋に挨拶をして回るので毎年ニュースになっていますね。

農家では、田の実の節句として豊作を祈ったようですね。そうしたことが、早稲を捧げて五穀豊穣を願う八朔祭りに発展したそうです。今年も、各地で八朔祭りが行われます。

徳川家康が、初めて江戸城に入城した日も八朔だそうです。当時は祝日だったようですね。全国の諸大名が、白帷子(しろかたびら)を着て、江戸城に登城する日でもあったそうです。

また、この日のことを紋日といって、吉原の遊郭では白無垢を着るなどして特別なもてなしをする日となっていたそうです。

ちなみに、農家にとって八朔は三大厄日のひとつに数えられていたようですね。他の二つは上述の二百十日と二百二十日だそうです。農作物に甚大な被害を及ぼす野分(秋の台風)にみまわれることが多いので、警戒する日だと暦に記されていました。

フルーツのハッサクも八朔から


一説によると、食べ物の八朔もここからきているそうです。はっさくは江戸時代に広島県の恵日山浄土寺で発見されました。発見されたのは、江戸時代ですが「はっさく」と名付けられたのは明治時代といわれています。名前の由来は、当時恵日山浄土寺の住職であった小江恵徳が「八朔には食べられる」と言ったことから名付けられたというのが定説となっています。出典:みかんな図鑑 伊藤農園

果樹は、自然の環境でも突然変異を起こして新品種ができるのでしょうかね。二十世紀梨も、千葉県の少年がたまたま見つけたものでした。

今のハッサクは、冬から春にかけて2月、3月がちょうどよい時期になるようです。食べごろの時期が合わないので、もしかすると、昔のハッサクは、カボスとかすだちのような青い色をしているときに食用にしたのかもしれませんね。


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